2013年09月09日
袖すり合うも・・・
先日、お友達から「袖すり合うもたしょうの縁」の「たしょう」ってどう書く?
と聞かれ・・・
私は、「多少」って書くと答えました。
これってとんだ間違いでした(^_^;)
で、ネットで調べたら次のように書かれていました。

『袖すり合うも多生の縁』
そですりあうもたしょうのえん
振り合う、触り合うとも。袖が軽く触れ合う程度の関係を指す。
これだけ多くいる人々の中で、すれ違う程度の出会いであっても、何度も生まれ変わった上での出会いなのだから大切にしよう、ということわざ。
現在、過去、未来の人々はどれくらいの数になるのか見当も付かないが、その中での出会いなのだから大切にしたいものだ。
多生は仏教用語で、何度も生まれ変わるという輪廻転生(りんねてんしょう)を意味する。
他生、と書いて、前世、来世を意味する事もある。
多少の縁とするのは誤り。出会いを多少、などと言っていては、相手に袖にされかねない。
・・・・なるほど、無知でしたm(_ _;)m
私も相手の袖にされないように心しないと・・・
さぁ、今までの・・・そしてこれから出会うご縁を大切にしていこう\(^o^)/
と聞かれ・・・
私は、「多少」って書くと答えました。
これってとんだ間違いでした(^_^;)
で、ネットで調べたら次のように書かれていました。

『袖すり合うも多生の縁』
そですりあうもたしょうのえん
振り合う、触り合うとも。袖が軽く触れ合う程度の関係を指す。
これだけ多くいる人々の中で、すれ違う程度の出会いであっても、何度も生まれ変わった上での出会いなのだから大切にしよう、ということわざ。
現在、過去、未来の人々はどれくらいの数になるのか見当も付かないが、その中での出会いなのだから大切にしたいものだ。
多生は仏教用語で、何度も生まれ変わるという輪廻転生(りんねてんしょう)を意味する。
他生、と書いて、前世、来世を意味する事もある。
多少の縁とするのは誤り。出会いを多少、などと言っていては、相手に袖にされかねない。
・・・・なるほど、無知でしたm(_ _;)m
私も相手の袖にされないように心しないと・・・
さぁ、今までの・・・そしてこれから出会うご縁を大切にしていこう\(^o^)/
Posted by ラクダ
at 10:09
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